「小山美術」から【 狐の図 】片山 牧羊(かたやま ぼくよう)・画のご紹介

「小山美術」から【 狐の図 】片山 牧羊(かたやま ぼくよう)・画のご紹介

12299321_1057684557610351_3898745370029164866_n 寒い北風が何度も吹き、とうとう明日から、今年最後の《12月》という月が、今年もやってまいりましたね。

本日は、あまりの作品の素晴らしさに驚かれる方も多いのではないでしょうか。
郷土が誇る「片山 牧羊」先生の、毛並みの一本一本を触ってみたくなるような【きつね】の図をご紹介します。

【 狐の図 】     片山 牧羊(かたやま ぼくよう)・画

「片山牧羊」先生は、明治33年、広島県尾道市長江町に生まれました。父は、漢学者で「片山辰之助」と云いました。

大正6年(1917年)京都で、「庄田鶴友(しょうだ かくゆう)」に師事し、日本画を学びました。
大正10年(1912年)東京に行き、「蔦谷龍岬」の画塾に入門し、昭和2年(1927年)第8回帝展に『おぼろ』を出品し、初入選で《特選》を受賞しました。

昭和6年(1931年)には、「塩出英雄」氏が福山か上京し門下となりましたが、昭和7年(1935年)には、病気療養のため、福山市松永町(広島県)の妻の実家、小林家に帰郷していましたが、惜しくも昭和12年8月に逝去されました。

「片山牧羊」先生の代表昨は、やはり【狐】で、現在、群馬県の《高崎タワー美術館》に所蔵されています。
特選を受賞した【おぼろ】も、”狐”を題材にされたもので、《広島県立美術館》に所蔵されています。

この作品【狐の図】でも、お分かりの様に、たいへん丁寧に、良く描かれています。と同時に、《幽玄》をキーワードに作品の構想を練り、《能》の世界観のようなものを表現しようと苦心した画家でした。
”霊的な印象”を、この画面から受けるのは、私だけではないと思いますが、そうした牧羊先生の意図が反映されているのではないでしょうか。

牧羊先生の画壇での実質的な活躍は、昭和2年から昭和6年までの5年間という短い間でした。病のため、志半ばで絶たれた悲運の画家と云えます。その為、残された作品は非常に少なく、優品となるとさらに希少と云えます。

郷土が誇る画家「片山牧羊」先生は、この作品【狐の図】を見れば、大変な技量の持ち主だったことが、改めてお分かりいただけるのではないでしょうか。

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