「小山美術」から【桃形鉢】初代・清水六兵衛《江戸時代・中期》 径26cm、高さ9cm のご紹介

「小山美術」から【桃形鉢】初代・清水六兵衛《江戸時代・中期》 径26cm、高さ9cm のご紹介

 

本日は、”侘び寂び”を感じられる《桃の形の鉢》をご紹介します。

【 桃形鉢 】   初代・清水六兵衛  《江戸時代・中期》    径26cm、高さ9cm

清水六兵衛は、元文3年(1738年)、摂津国五百村(大阪市高槻市)の古藤六左衛門の子として生まれました。
幼名を「栗太郎」と云い、清水三年坂の陶芸家「海老屋清兵衛」に師事しました。
明和8年(1771年)、五条坂鐘鋳町に独立、開窯し、「清六」と名を改めました。

「円山応挙」、「松村呉春」、「頼山陽」、「上田秋成」などの画家・文人らと交友があり、御本写し、信楽写し、瀬戸写しなどをよく作りました。

京の煎茶の興隆に大きな役割を果たし、堅実な作風によって、清水家の基礎を作りました。「愚斎」と号し、屋号を「海老六」といいました。特にその技術は、初期の京焼以来の陶法に加えて、飴釉や、釉下鉄絵(銹絵)などを駆使する”清水焼”独特のものでした。

寛政11年(1799年)62歳で歿しました。

この作品【桃形鉢】は、全体”桃”の形で、生地の上に直に、鉄釉で”桃の葉っぱ”と”蜘蛛2匹”が描かれています。口部は、口紅のように”鉄絵具”がくっきり表れています。

裏側も~秋水漲来舟去速~の漢詩7文字が見えて、たいへん侘びて、粋なものです。

桃は古来、中国故事で、永久長生の象徴でした。まこと縁起の良いものとして、人々に喜ばれました。
このようにおめでたい鉢に盛って、お客様に食べ物を差し上げることが出来れば、きっと喜ばれることでしょう。